ラス・マンチャス通信

「ラス・マンチャス通信」平山瑞穂
ASIN:4104722014
 こんなわけの分からない話をよくここまで書けるなという感じで、ちょっとすごかった。延々と非現実的な出来事が起き、非現実的な生き物が跋扈しつづけるのだが、しかしそんな中でも

だから僕はただ、あなたの名前は何ですか、と英語で訊ねた。まずおたがいの名前を教えあうのが初対面の礼儀であることを知っていたからだ。
(中略)
しかしすぐに僕は自分の失敗に気づき、真っ赤になってその場に立ち尽くしてしまった。人に名前を訊くなら、まず自分から名乗るのが本当の礼儀であったことを急に思い出したのだ。

 という辺りに膝を打つ。夢とは非現実的なものであるが、しかしその物語のエンジンとなるのは義務感である。こうすべきだとか、こうしなくてはならないという思いこそが物語を(あらぬ方向へ)進めるのであって、しかしそれは、第三者にとって既に知識としてあるかもしくは少なくとも親和性のあるものでなくてはならない。不条理にも不条理の決まりがある。
 さらにこの小説では非現実的な生き物に対して「アレ」や「次の奴」といったようなぼんやりした名前をつけているのだが、ここも非常に、なるほどなあ、という印象だ。ここで具体的な名前などつけられてしまうと途端に夢から醒めてしまう。語り手は、物語から聞き手の気をそらさぬように細心の注意を払わなくてはいけない。もちろんそれを逆手にとって、物語から聞き手の気をなんとかそらそうとする小説があってもいいだろう。
(例)全ページの隅に山崎ナオコーラの顔写真を貼っておく