「ちはやふる」はマンガ史上に残るべき大傑作

 末次由記「ちはやふる
 ISBN:4063192768

 末次由記の「ちはやふる」に遅ればせながら手を出したんですが、これはマンガ史上に残るべきというか、例えばマンガの教科書があるならば絶対に掲載されるであろう大傑作です。少年マンガにも少女マンガにも分類されない、マンガの新しい地平を描いてる。

 一言でいうと、競技カルタをテーマにして、女の子が主人公、幼なじみの男二人との関係なんかも描く作品である。で、特に単体ジャンルを描くマンガが名作になりえる一番大きな条件として、そのジャンルの新しい見方っていうのを提案してるかどうか、っていうのがある(と俺は思う)。「ちはやふる」で言うと、カルタはスポーツである、という見方。なので「ちはやふる」は、真っ正直なスポーツマンガである。セリフとか、大ゴマの使い方とか、すごく正しくスポーツマンガしていて、俺はもう7巻読んで全ての巻で号泣した。

 でもこのマンガのすごいところってそこだけじゃなくて、非常に正しい少女マンガでもあるのだ。これは単純に、恋愛の描き方がすごすぎる。太一っていう幼なじみは主人公の千春に恋をしているわけだけど、千春は新っていう別の幼なじみのことが好きなんです、たぶん。直接描かれてないけど少なくとも太一はそう思ってるはず。その辺の描き方、例えば新に対して太一が抱くえも言われぬ嫉妬心というか言葉にならないもやもやした感情みたいなところとか。これはやっぱり少女マンガというか、女性マンガ家にしか描くことはできない世界だと思うんです。

 もっと言うと、その少女マンガでしか描けない恋愛要素が、少年マンガ部分にも大きな影響を与えている(というか構造的にそうならざるを得ないわけですが)。少女マンガ的な恋心を抱きながら、太一は、少年マンガ的にカルタに対して向き合うわけですよ。全てを抱えて生きていかなくちゃいけなくて、それでも前に進んで行こうとするわけです。もうね、こんなマンガ、読んだことないです。とにかく素晴らしい作品なんで、マンガ好きなら是非読んでほしい。自信を持ってお薦めします。

 作者である末次先生は、かつてトレース問題で一度マンガ家を休業された経験があり、「ちはやふる」は復帰後第一作なんだそうです。第二回マンガ大賞をこの作品が受賞した際、授賞式を欠席して発表したコメントが本当に素晴らしいのでここに記します。

「過去に犯した間違いというものがあり、自分はまだこういう場に出て行けるような人間ではない。一生懸命マンガを描いていくことでしか恩返しはできない」

 全てを抱えて生きていかなくちゃいけなくて、それでも前に進んで行こうとする。太一の生き様は末次先生の生き様そのものであり、改めて、マンガって何て素晴らしいんでしょう?