映画「レスラー」 〜DDT両国大会観戦記〜

 先週、今さらというにも程があるほどに今さらながら映画「レスラー」を観て、何で俺がこの映画を観て泣かないんだろう?と結構真剣に考えていた。プライベートで最近あまりにも色々あったから(深刻に離婚の危機を迎えて慰謝料を実の親に借りる相談までしたりとか)、自分の大事にしていた感覚の「線」みたいなものが切れたんじゃないかと悩むほど、この物語は俺のツボのはずだ。たぶんこの映画を、特にプロレスを知らない人間から否定されたりしたらムキになって反論する程にはこの映画を俺は愛しているけど、でも実際には一滴の涙も流れなくて、それは何故なんだろう、と考えていた。

 結論から言うと、やっぱり俺は、プロレスってジャンルが本当に気が狂うほど好きなんだと思う。知識もあんまりないし、別に普段からそんなに観るほうでもないが、でもやっぱりジャンルとしてのプロレスが好きで、職業としてのプロレスラーを選んだ人たちを尋常じゃなく愛している。だから言ってしまえばランディが「レスラー」という物語で示したプロレスラーの生き様を、俺は何度も見てきているのだ。目で見たってことではなく、頭の中で。

 たぶん「ノアだけはガチ」っていうのと同じ意味で「いやランディも嫌いじゃないけどサスケのほうがよっぽどスゲエだろ」とか本気で、大人げなく、思えてしまう。しかもサスケなんて日常がそっちなんだから、ランディが「俺に引退しろって言えるのはお前たちファンだけだ」って言っても泣けないんだけど、サスケから「俺に引退しろって言えるのはお前たちファンだけだ」って言われたらやっぱり号泣してしまうのだ。まさかあのサスケのセリフが「レスラー」からのパクリだったとは思わなかったが、でもまあ、そういうことだ。すごく良い映画だし自分にとって特別な作品だったとは思ったけど、それでも「レスラー」からもらったよりもずっと沢山のものを、俺は現在進行形で、プロレスやプロレスラーの皆さんからもらっている。

 話は変わって、HARASHIMAっていうプロレスラーが日本にいる。正直なことを言えば、あまり好きなプロレスラーではなかった。甘いマスクで、筋肉質で、エース然としているところがまず好きではなかった。試合も散々一本調子でやられたあげく、最後の最後で蒼魔刀とかいう必殺技を出して勝っちゃう感じもしょうもねえなあとか毎度思ってたし、なんか「鍛えてるからだー!」っていう決めゼリフも全然グッとこなかったし。DDTってプロレス団体の嫌いな部分の象徴だった。HARASHIMAなんて面白くないから、飯伏とかディーノとかケニーとか高梨とか見てりゃいいや、ぐらいのことを思っていた。

 それで昨日行われたDDT両国大会のメインで行われたHARASHIMAと飯伏のタイトルマッチを観て、上の段落の過去形だった出来事は、全て真逆のものになった。どんだけ強いんだ、HARASHIMA。レスラーとしても、人としてもだ。結果として彼は飯伏に敗北を喫してベルトを明け渡すわけだけど、負け行くエース、チャンピオン、っていうお題を受けて、一人の人間がこれだけ素晴らしい作品を作れるってことに対して感激以外のリアクションが思いつかない。プロレスの試合が終わって決着がついた瞬間に「ふざけんな!」って思って衝動的に席を立とうとした経験なんて俺にはなくて、ああそうか、プロレスを観るってこういうことなんだ、って生まれて初めて分かった。本当に強かった。かっこよかった。仕事ってのはこういうことか、って目からウロコが落ちまくった。

 だから、俺はやっぱり、ランディよりもHARASHIMAが好きだ。あれだけのものを人が見せられるってことが分かっただけで生まれてきた意味はあったと思うし、頑張れる。だって、どうしてHARASHIMAにあれだけのことができるかっていうと、HARASHIMAは「鍛えてるから」なのだ。だとすれば「鍛え」れば自分もHARASHIMAみたいになれるんだろう、きっと。そしてHARASHIMAだってもっと「鍛え」れば、またベルトを巻いて賛美の声を受けることができるんだろう。それってやっぱり、いくらなんでも、素敵な世界なんじゃないだろうか?

 プロレスラーがコーナーポストを上るのは、技をかけるためだけじゃない。勝ち名乗りを浴びるプロレスラーが上るために、コーナーポストはそこにあるのだ。