「みっつ数えろ」第四戦解説 〜読書の秋にお薦めするプロレス課題図書〜

 2013年9月25日、有料メールマガジン水道橋博士のメルマ旬報」にて拙作「みっつ数えろ」の連載第四戦が配信されました。みなさまお読みいただけましたでしょうか。今回はお話としてはわりと繋ぎの回になってしまいましたが、個人的にはシラユリ選手という架空の、でもきっとどこかにいるレスラーのことを登場人物の口を借りて語れて大層ご満悦でした。プロレスが好きすぎて試合中ずっと笑ってるプロレスラーって、そんなん素敵だなあと。このシリーズは次回で終わるので、そちらもお楽しみいただければ嬉しいです。

 さてここからは、本日配信の「みっつ数えろ」を読んでいないとまるっきり意味が分からないエントリになりますので、ご購読はこちらのページからお願いします。「みっつ数えろ」とはざっくり言うと「女子高生がプロレス部を設立しようとするが、危険すぎるという理由で学校から却下され、その代わりに演劇部を設立して演劇だと言い張りながらプロレスを行う」というお話のマンガ原作です。プロレスを知らない人でも楽しめるようなわりと真っすぐな青春ストーリーとして書いてるつもりですが、そうでもなかったら申し訳ございませんということで、何卒。

 で、解説なのですがその前に、誰が得するんだという「みっつ数えろ」豆知識を。「みっつ数えろ」の連載は第2話以降毎回必ず序文として、「これは、とある女子校で……を描く、〜〜〜マンガの原作である」という風に始まっているのですが、実はこの「〜〜〜マンガ」という表現は毎回変えてるんですよ! 誰一人気付いてないでしょうけど! でもまあ、俺が思いついちゃったからそうしていて。で、その「〜〜〜マンガ」という表現は、その回の最後の<著者より>に対応させてるんです。気持ち悪い! でも、やるっきゃない!

 たとえば第二回は<著者より>でDDTプロレスリングの両国大会のお知らせをしているわけですが、その回の序文は「青春ドラマチックドリームマンガ」。<著者より>で全日本プロレス大田区大会を紹介した第三回は「明るく、楽しく、激しい青春マンガ」ですし、我闘雲舞という団体のタイ興行と無料メルマガをお薦めした第四回は「雲よりも高く舞う青春マンガ」と序文に記していたりします。まあ、だから何だって話ですし、これをやることでどこかの誰かが実利を得ることはないであろうことは重々承知しているわけですが、それでもやっぱり、なるべくプロレスの神様に恥じぬよう、こういう細かいことをやっていたりするのです、細々と、しかし信念を持って。

 そして今回配信された「みっつ数えろ」の序文は「源氏ボタルのように今だけを輝く、青春マンガ」。源氏ボタル、という単語を聞いてプロレス者が思い浮かぶ人間は一人しかいません。ミスター・プロレス、天龍源一郎。というわけで今回の<著者より>では、先日発売された「天龍源一郎 酒羅の如く」(画・叶精作 原作・岡戸隆一)を簡単に紹介させていただきました。

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 で、なんか、思ったのですが。プロレスを好きになる、というか、プロレスを好きな自分になる、っていう機会って、色んな種類のタイミングがあって。勿論プロレスの試合を観て心が動いてそのままプロレスを好きになる、っていうのが自然なあり方なわけですが、そうじゃないあり方もあってですね。例えば自分で言うと、自分は1980年生まれなのですが、試合から入ってプロレスを好きになってるわけじゃないんですよね。四天王とか三銃士とか、リアルタイムで観ることも出来たはずなんですけど、というかいま思えば観ておけば良かったって痛感することも多々あるんですけど、そこは正直全く通ってなかったりするんです。本当、全然観てなかったし、何というか自分にとって、それが切実なものだって感覚が当時は一切なくて。だから別に、プロレスが好きだからプロレスを好きになったわけではなかったりするんですよ。むしろ自分とはかなり遠いところにプロレスはあって。

 じゃあなんでプロレスを好きになれたか、っていうか、プロレスを好きな自分になることが出来たかっていうと、これはやっぱり、「紙のプロレス」と「週刊ファイト」なんですよね。当時はそういう媒体があったんです。というかまあ、山口日昇と井上編集長ですよね。その人たちがそこで書いてた文章が、まあ、キレッキレだったわけですよ。本当に、びっくりするくらいに。思春期って、文字に憧れるじゃないですか。それは自分自身の無力さを奥底で知っているからこそ、文字という、主語や背景を必要としない表現活動で世界を変えられる、そのアナーキズムに憧れてるわけじゃないですか。自分がいかにどうしようもなく屑でモテなくてしょうもない人間だとしても、自分から切り離された自分の文字がこの世界をぶっ壊すことが出来るかもしれない、そういった憧れは、思春期の特権として、やっぱり自分は抱えていて。俺は駄目だけど俺の文字に託す、みたいな幻想が、まあまああったりするわけですよ。

 そういった意味で、当時の山口日昇の文章の、陰のあるアジテーションっぷりはやっぱり凄くて。それで井上編集長の、当時はもう週刊ファイトの編集長を退いていたかもしれないけど、喫茶店トークと呼ばれるコラムの独特すぎる着眼点とそこに殉じる論理展開は、ぼくは文章としてすごく感銘を受けたわけです。別役実とか、色川武大の文章を読んだときと同じ感じで、すげえ!ってなって。んで、こんなにすごい文章を書く人たちが考え続けるジャンルって何なんだろう?って自然とそうなっていって。そこから、プロレスに興味を持ってプロレスを観るようになって、そこで初めて、プロレスのこっち側に入ったんだっていう自覚は今でもあったりするんです。だから今でも、自分は本当にプロレスを好きなのか?って自問自答は日々繰り返していて。そしてその度に、自分の中でのプロレスの濃度が上がっていくという、まあそんな風にして生きています。

 で、まあ、長々と書きましたけど、何が言いたかったかっていうと、文章からプロレスに入るっていうのも、あるなって思うんですよね。文章っていうか、書籍というか、書かれたものを読んで、プロレスに興味を持つっていうのって、全然不自然なことじゃなく当たり前のようにしてあり得るよなって思うんです。これは「みっつ数えろ」もそうなんですけど、プロレスを題材にしてるから敬遠されちゃうっていうのはすごく悔しくて、プロレスを好きかどうかじゃなく、っていうかプロレスを知ってるかどうかとか関係なく、良い文章は人を惹き付けるし、良い物語は人を惹き付ける、それは自分の経験もあるから、そのほうが良いと思うんですよね。ジャンルとかあんまり関係なくて、良いものは良い、それがたまたまプロレスである、っていう感じで、「みっつ数えろ」は読んでもらいたかったりするんです。そのハードルは、なんだか嫌になるくらいに高いのですけども。

 なので、一生懸命書いておりますので、プロレスってあんまり好きじゃないなって方にも「みっつ数えろ」気が向いたらちょこっと読んでいただければ嬉しいです。

 ……って感じで終わっちゃダメだろ! 「天龍源一郎 酒羅の如く」の話全然してねえよ! ええっと、この本はですね、天龍源一郎選手という稀代の酒豪プロレスラーのお酒にまつわるマンガ、本人へのインタビューと、当時天龍番だった小佐野景浩元週刊ゴング編集長へのインタビュー(インタビュアーは吉田豪氏)で構成されている一冊です。

 天龍選手はアイスペールに色んな酒をぶち込んでそれを飲み交わすという斬新なスタイルの飲み方を開発された方なのですが、マンガで紹介されるお酒のエピソードがことごとく最高! そしてそのマンガで描かれるあらゆるプロレスラーの笑顔が素敵すぎてこれがまた最高! 自分はプロレスラーに一番求めてるのは「笑顔の素敵さ」だったりするのですが、そういう意味で全ページぐっときますし、またそこを補足する天龍選手のインタビューが男前この上なしです。イイ男になりたいと願う人なら老若男女誰しも読んで損はない名著ですので、男の教科書として心からお薦めします。

 あとプロレスファン的には、北尾が酔い潰れて自分で救急車を呼んだって話はわりと有名かと思うのですが、実はその後日北尾は……という話が小佐野さんの証言で明らかになっていたりして、ちょっと幻想が膨らむこと請け合いです。

 いやあ、今回も長文で失礼しました。それではまた次回。まだ「水道橋博士のメルマ旬報」読んでおられない方で興味もっていただいたなら、ご購読はどうぞこちらのページから。以上、「みっつ数えろ」第四戦の、お粗末ながら解説でした。エレガントに、さよなら。