ひとりの本当に特別な女の子について

 彼女がいなくなるだけで世界がこんなにどうでもよくなってしまうなんて思ってもなかった。そもそも彼女が戻ってこないなんて、一度も信じたことはなかったし、いつかまた会えるのが当たり前だと思っていたというか、思ってもなかった。それはあまりにも当たり前のことすぎて、思うとか思わないとかそれ以前の話だった。だけどもう彼女は帰って来ないらしい。世界から加護ちゃんが消えた。

 いつも悲しいことがあるたびに日記を書くものだからついつい日記は悲しくなってしまって、これからは楽しいことのあった日にも日記を書こうと思うのだけれど、しかしこんなに悲しいことはそうそうないようにも思う。加護ちゃんのいなくなった世界は加護ちゃんのいた世界と何も変わっていないけど、ただ確実に全然違っていて、それは誰かに説明できることじゃないし本当はそんなことないのかもしれない。何も変わってないのかもしれない。でも二つの世界はまったくの別物であるべきだっていう、分かるでしょう? たったひとりの、本当に特別な女の子が消えたのだから、何か特別なサプライズが起こってしかるべきだとは思いませんか?

 そうだ、本当に特別な女の子だったのだ。ほかの誰がいなくなったわけでもなくて、加護ちゃんが消えた、あの特別な女の子が。これはもうたいへんな事態だっていうことを、どう伝えればいいんだろう? 全然伝えられる気がしない。会話が成り立つと思えない。加護ちゃんは馬鹿だねえ、っていうのは分かるし、それは正しいかもしれない。でもそういう言い方じゃ全然ない。もっと馬鹿だ。ぶん殴られていい。本当に馬鹿だ、救いようがない。だけどだからこそ、加護ちゃんは馬鹿だねえ、なんてことは絶対に言えないし、そもそもそういうことを言う人とはやっぱり加護ちゃんの話はできないのだ。彼女がほんとうに特別な女の子だってことを知っているのは、すごく限られた人たちだけだ。

 加護ちゃんはぼくに「マッキアート! マッキアート!」とマキアートコールをすることを許してくれた。それでマキアートが生き返ったかどうかは二の次であって、加護ちゃんがぼくにマキアートコールを許してくれたってことが大事なのだ。それはつまり全部を許してくれたってことでしょう? でも加護ちゃんは世界から消えてしまった。このさき加護ちゃんがぼくにマキアートコールを許してくれることはなくて、そんなしょうもない世界によく生きていられるな、俺もお前も。加護ちゃんは、ほんとうに特別な女の子でした。加護ちゃんは、ほんとうに特別な女の子でした。二回言った。何度でも言える。特別としか言いようがない。加護ちゃんは、ほんとうに特別な女の子でした。もうちょっとだけ忘れずにいたいから、今、加護ちゃんのぶんまで禁煙しています。

 加護ちゃんのいなくなった世界は、それだけで呪うに値する。昨日までは当たり前だったことが今日ではひどく下らなく、馬鹿馬鹿しく思えてならず、加護ちゃんがいない世界なんてさっさと終わってしまえばいいのに。