ブログの役割とは何か

 例えば、

 自分で言うのもなんだがそんなに怒りっぽい方ではない。というか怒ったとしてもその怒りを外に向けることは滅多になく、一年に一度他人に怒鳴るか怒鳴らないかといった人間を見る目で相沢を見てほしいのだが、そんな相沢は仕事柄よくタクシーに乗る。大して多いわけでもない(少ないとも言わない)お給料を使い、相沢はタクシーに乗せられ家路に着くわけである。

 まず初めに、あれ、おかしいな、と思ったのは、運転手が「お客さん、急いでます?」と聞いてきた点である。大抵こんな夜遅くタクシーに乗る客というのは家路に着く客であり、だからまあ急ぐもなにもないわけであって、相沢もその例にもれない客であったから「いやそうでもないです」と答える。すると運転手は「そうですか。いやあ、私は急いでるんですけどね。3時半までに会社に帰らなくちゃいけなくってねえ」と答えたのだった。時刻は深夜3時になろうとするところだった。

 正直なところ「それはお前の都合だろ」とも思うが、まあ相手も色々と疲れているのだろうし、それは別に良い。すると運転手は「すいません、私が高速代払うんで、高速乗ってもいいですかねえ?」と言う。まあ分かる。相手あっての人生である。運転手さんが急いでいて、その理由のために自分が金を払うと言っているんだから止める必要もない。だから相沢は「あ、いいっすよ」と答えた。そして車は走り、走って、相沢の言う通りに止まり、そして運転手は相沢に言った。

「高速代、サービスしときますんで。いやあお客さんついてましたね。こんなに早くついて、しかも安くすんで」

 ちょっと待てと。お前その言い草は何だって話でしょこれは? 言うに事欠いて「ついてる」って何だよ? 俺はもう完全にお前の都合で高速に乗ったわけでしょ? 別に急いでねえよ俺。急いでるっていうのは完全に100%お前の都合であってそれを「早くて安くてついてますね」って何だよそれ? 全部お前の話だろ! それを何で恩を着せられなきゃいけないのってそういう話ですよこれ。おかしいだろ絶対!

 さらに何がムカつくって俺はその人に気をつかって「ちょっと手前」で降ろしてもらってるわけですよ。全然俺の家遠いもんまだ! ここから5分以上歩くところに俺は住んでるっつうんだよ! お前の都合に合わせてこっちは気を使ってんだよ! それを何よ「ついてる」ってふざけんなよマジで、てめえ俺が藤本美貴だったらボコボコだからなボケなめてんじゃねえぞ!

 というようなことを書けてしまうシステムがブログだとして、じゃあブログの意味とは何だろう?という話なのだ。Web2.0チープ革命がこういったしょうもない独り言を生んでいるとまでは言わないが、ただこういった表現がたやすく為される世界(そしてその「表現」が軽蔑されない。軽蔑すべき人間がただ無視をするだけでそうでない人間は同調のコメントを寄せがちな世界)に私たちは生きていて、だとすれば私たちは何に期待すればいいのだろう? こういった恥知らずな独り言を他人に発信できてしまうというのは、単純に醜い!

 そこで期待されるべきは「ブログの書き手の誇りや自制心」でしかないのだろうか? しかしそれはあまりにも楽天的ではないか。そういったものが求められる世界は確かに正常だが、でもそうではない、要するに「空気が読めない」人々は少なからずいるわけで、だとしたら結局「声がでかい奴が勝つ」という実社会と同じ結果がインターネットにも待っているってそうやって諦めなきゃいけないんだろうか?

 Web2.0の本質は、人間に対する信頼である(と個人的には思う)。それは、狭い世界やある目的をもった範囲(例えばwikipedia)などでは通用するだろう。ただ広い社会、つまり「Web全般」においてなどでその性善説が通用するかっていったらものすごく疑問である。疑問であるというか、それは結局つまらない世界にしかならないのではないかというちょっとしっかりした確信がある。クリックや被リンク数によって世界がより素晴らしいものになると信じるのは勝手だが、しかし重要なのは「誰にとって」素晴らしいものなのかという、「誰にとって」の部分なのだ。

 人間が人間として努力すべき目標とは「この人生を『自分自身にとって』素晴らしい人生にする」という一点でしかない。誰のための人生でもなく自分自身のために人は努力すべきであって、メロン記念日メロン記念日のために努力しているからこそ美しいのだ。主語のない素晴らしさなんて想定すべきではない。Web2.0的な素敵な試みやGoogleの精神それ自体は面白いと思うが、しかし「そんな世界は気持ち悪いだろ」って言える態度はあって良いと思うし、少なくとも思春期に友だちのいない環境を守るべくAMラジオのスイッチを入れていた人間であれば、「みんなにとって素晴らしい世界なんて気持ち悪いだろ!」って、当たり前だけど当たり前に言ってしかるべきタイミングなんじゃないだろうか?