相沢が選ぶマンガアワード2010

 2010年も色々なことがあり、色々なマンガがあり、改めましてマンガへのありがとうの気持ちを込めてマンガアワード2010です。今年は「みんなのマンガアワード2010」として投票も受け付けておりますので好きなマンガを語りたい皆様、良い機会にしていただければと。マンガのこと話すの楽しいですよ。12月27日(月)深夜23時59分まで受け付けております。
 それでは早速、相沢が2010年に心震わされた愛すべきマンガたち、第1位からです。

1位 末次由紀ちはやふる

 去年1位にしているので今年以降は殿堂入りという形でとも思ったのですが、巻が進むにつれても一切面白さが失われてこないというかむしろ面白くなり続けているので今年も1位はこの作品で。連覇です。おめでとうございます。この時点で、いきなりトロフィー渡されておたついている千早の姿が浮かんできてニヤニヤしている。
 このマンガの素晴らしさを語り出したらそれこそ年内いっぱいかかりそうなので一言で魅力を語るなら、人生を描いている、そこに尽きる。主役から端役まで、登場人物誰もが描かれていない部分を含めての人生を背負い、そして作品の中で生きている。それをマンガという表現で初めて可能にしたのが「ちはやふる」だとぼくは思っています。千早も太一も新も、作品の中にだけいるわけではない。ちゃんと自分たちの人生を生きていて、彼らの人生の一部を切り取って描くのが「ちはやふる」なのだと。
 人生とは、伏線の発生と回収の連鎖です。それでしかないと言ったって良い。現在の延長線上に未来があるわけではなく、今こうしていることに何の意味があるのか、未来から振り返ったときに初めて気付かれるために現在はある。だからこそ、苦しんだら苦しんだだけ、その伏線が回収されたとき、未来の歓びは大きくなる。苦しみや哀しみ、困難や絶望、失恋、才能という壁、自分自身の弱さ、その他もろもろあらゆる逆境は伏線として回収されるために存在している。
 ぼくらは普段そのことにあまり気付かない。でも「ちはやふる」を読めばそれが分かる。太一の孤独が伏線として回収され、マンガとしての名場面になったとき、ぼくらの孤独もまた回収されている。つまり、救われている。ぼくは決して性根の明るいほうではなく基本的には後ろ向きな人間ですが「ちはやふる」を読んだときは必ず思う。生きてるのって、まんざら悪いものでもねえな、と。
ちはやふる」はそういった、人生における伏線とその回収という意味において、マンガという表現のひとつの最高到達点を樹立し続けている。老若男女、マンガを普段から読む人読まない人問わず誰にでもお薦めできる作品なので、まだ未読の方は是非手に取ってみてください。もし手塚治虫先生が突然相沢の目の前に現れて「ぼく死んじゃってだいぶ経つけど最近面白いマンガある?」って聞かれたら、迷わずこの作品を差し出します。マンガの歴史上ベスト級の作品。

2位 福満しげゆき「生活 完全版」

僕の小規模な失敗」「僕の小規模な生活」「うちの妻ってどうでしょう?」などで独自の作風を確立する福満しげゆき先生の、オリジナルストーリーマンガ。社会的に認められていない搾取される側の人間が仲間とともに町の悪を成敗するにつれ組織となんやかんや的な、男子ワクワク系マンガに属する大名作。分かりやすく言うと、映画「ダークナイト」のアックス版。
 自分は福満しげゆき作品をアックスのころから連載で読んでいて非常に身につまされるものがあり、かつオリジナルストーリーの単行本も面白く読んでいたため近年のエッセイマンガ家として活躍する福満先生については色々と思うところもあったのですが、その全てが「生活 完全版」に繋がっていたのかと気付けば腑に落ちる。一人のマンガ家の環境とこれまでの歴史、その全てがエンタテイメント作品として結実した奇跡的なマンガだと言っても過言ではない。
 このマンガが、福満しげゆき作品の中でダントツで一番面白い。それがストーリーマンガであるということは、素晴らしいことだとぼくは思います。

3位 椎名軽穂君に届け

 普段ほとんど少女マンガと呼ばれる作品には触れることがありませんが、「君に届け」の自分の心に届くっぷりはすごかった。30歳にもなって少女マンガの主人公に友だちができたって事実で嗚咽あげるほど泣く、なんて人生は想像してなかったわけで、まあやはりマンガというのは素晴らしいものだと思います。
 このマンガも「ちはやふる」同様、登場人物が全員生きている。そして彼ら彼女らは誰しもが、正しく生きようとしている。つまり、自分自身に対して正しくまっすぐにあろうとしている。それこそが「君に届け」の素敵なところで、感動するし、信じられてしまう。
 絵空事かもしれない。所詮マンガのお話かもしれない。みんながみんな聖人君子ばかりではないし、世の中には色々あるし、そんな単純な話ばかりでもないでしょう。そりゃそうだ。人生はマンガみたいにうまくいくことばかりじゃないから、自分自身に対していつでも正しくいられるわけがない。
 だけどそれでも、いつだって、正しくあろうとすることはできる。「君に届け」が、そして「君に届け」の登場人物たちが教えてくれるのはそういうことです。現実がどんなに辛くても、理想を唾棄する必要なんてない。常に正しくいられないとしても、正しくあろうとする態度こそが重要なのだと。その態度をこそ人は優しさと呼ぶわけで、だから「君に届け」を読み終えたとき、ぼくはいつでも優しい気持ちになるのです。
 爽子をはじめ「君に届け」の登場人物たちは、作者によって作られた存在などではないと、真剣に思えてしまう。彼女たちはただ生き、ただ暮らし、そしてただ椎名軽穂によって見つけられただけなのだと。彼女たちは文字通り、実在している。だからこそ彼女たちの正しくまっすぐにあろうとする態度は、作者という紹介者を媒体として、ぼくの胸を打つ。
 大きな声が出せなくたって、まっすぐな声ならきっと届く。「君に届け」とはぼくにとって、そういうマンガです。

4位 久保ミツロウモテキ

 これはもう、中柴いつかの「あの後」を描いた単行本4.5巻に尽きる。
モテキ」がフジくんの恋愛遍歴を語るマンガだったり、あるいは土井亜紀との関係を描くマンガだったら、こんな単行本4.5巻なんて一切必要なかった。余計なお世話だと言っても良い。フジくんなんて別に大したことのない、どこにだっているような普通のサブカル好きなんだから、いつかちゃんにはフジくんのことなんて忘れててほしかった。でも実際はそうじゃなかった、ってなんでこんなえぐい話を聞かされなくてはいけないのかと、中柴いつかに思い入れをもって読んだ者としてはそう思う。
 だけどそれは、ただの欺瞞だ。中柴いつかの今後の恋愛含めての人生を真剣に考えたなら、あの物語は描かれなければならなかった。そうじゃないと彼女が先に進めないから。そして中柴いつかに対して思い入れをもった読者なら、単行本4.5巻を読んで唇を震わせながら、心を傷つけられなければならない。生きるとはそういうことだ。何かを好きになるとはそういうことだ。苦しいのが当たり前で、じゃあその上でどうするかって話でしかない。
モテキ」に登場人物として出演できてない時点で負けてんだ俺らはよ、と、いま真剣に思っています。

5位 島本和彦ゲキトウ

 過去イブニングで連載されて、今年未収録分を含めた完全版が単行本として発売された、「逆境ナイン」の続編。
 かっこよすぎて笑える、っていう島本和彦の真骨頂であると同時に、枯れた男たちを描いているが故にかっこよさが人生を背負っている。巻末インタビューの「プロ野球選手はみんな普通に男球を投げられる」っていう前作踏まえての発言も、身も蓋もなくて素晴らしかった。こういうマンガが復刊されるから、マンガ業界って素晴らしいなと思います。

 超長くなりましたが以上5位まで。今年はあまりにも良いマンガが多かったので、6位以下も考えてみました。

6位 西炯子娚の一生
7位 石黒正数それでも町は廻っている
8位 小田ひで次「平成マンガ家実存物語 おはようひで次くん!」
9位 百名哲「演劇部5分前」
10位 久住昌之水沢悦子花のズボラ飯
次点 森下裕美大阪ハムレット」 大場つぐみ小畑健バクマン。

 総括。2010年も、マンガは素晴らしかったです。以上!